【表現の景 ── 杉本博司 絶滅写真】

東京国立近代美術館で開幕した大規模個展、「杉本博司 絶滅写真」。

現代美術作家・杉本博司氏が「生き残った最後の銀塩写真家として、写真のお葬式を執り行う」と語るその不穏で美しい空間の前に立つとき、SHIZENNECTIONの思想は激しく揺さぶられ、そして静かに共鳴します。

デジタルへの移行によって「真実を写す証拠能力」を失い、絶滅の危機に瀕している銀塩写真。

しかし、会場を満たす圧倒的なプリントの前に佇むとき、そこに宿る光と時間は、絶滅どころか、むしろ永遠の生命を得て拡張しているようにさえ思えるのです。

静寂の暗室と、海を見下ろす測候所

ブランドとしての思想の地層を形成していた歳月のなかで、私たちは彼のクリエイションの深層に触れる二つの特別な景色と出合っていました。

ひとつは、2015年頃に訪れたニューヨークのスタジオ。

世界最先端のノイズが渦巻くマンハッタンにあって、その内部には、大判カメラが捉える一瞬の光と暗室の果てしない沈黙の時間だけが満ちていました。効率とスピードが支配する現代において、あえて気の遠くなるような「引き算の手仕事」によって物質に命を吹き込んでいく、クリエイションの聖域。

そしてもうひとつは、2018年に足を踏み入れた、小田原の地に佇む「江之浦測候所」。

どこまでも広がる相模湾の海景と、天空を巡る太陽の光を正確に捉える建築群。光学硝子の舞台が太陽の光を反射し、海と空の境界線を融かしていくあの圧倒的な光景は、自然への絶対的な畏怖と、人間がそこに調和していくための引き算の美学そのものでした。

境界線の先にある、本質

形あるものは移ろい、ある種の技術や時代はいつか「絶滅」を迎えるのかもしれません。

しかし、かつて彼が世界中の海でシャッターを切り、空と海の境界線だけを極限まで削ぎ落として描き出した名作《海景》がそうであるように、また、江之浦の地で何百年も遺る石と光が対話しているように、物質が剥ぎ取られたその先に遺る「本質的な美」は、決して色褪せることはありません。

器が失われても、その奥にある光は不滅であること。

絶滅を見つめるその鋭い視線の先にあるのは、逆説的なまでの「永遠への祈り」ではないでしょうか。

世界基準の圧倒的な引き算の美学に、改めて深い敬意を込めて。

次回からは、この美しい水面と光の思想の底流にある、私たちの根源 ──【第一章・水の景】の連載を始めていきます。

※掲載画像は、江之浦測候所公式ウェブサイトより引用

“Hiroshi Sugimoto: The Extinction of Photography,” a major solo exhibition now open at The National Museum of Modern Art, Tokyo.

Standing before this hauntingly beautiful, ominous space—where contemporary artist Hiroshi Sugimoto states he is “holding a funeral for photography as one of the last surviving gelatin silver photographers”—the philosophy of SHIZENNECTION is deeply shaken, yet quietly resonates.

With the transition to digital, analog photography has lost its capacity to bear witness to the truth, bringing it to the brink of extinction. Yet, lingering in front of the overwhelming prints that fill the venue, the light and time captured within seem far from extinct; instead, they appear to have gained eternal life, expanding infinitely.

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